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ミスって頭まっしろ! プレッシャーで頭ぐちゃぐちゃ! そんな時・・・ひと休み。 |
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いつ買ったのか、覚えていません。前に買って読んでしまったであろう本を書棚から取り出し(深夜の2時近く)、書棚の前に立ったまま頁をくっています。読んだ記憶がありません。全然ありません。信じられないほどです。ひょっとしたら読んでなかったのかも。3月下旬とはいえ夜は寒く、すぐ布団にもぐりこんで読みたいのですから、この本は今夜読む本に値するかをはやく判定しなくてはなりません。
「地球生命35億年物語 進化の秘密は氷河期にあった ジョン・グリビン著 木原悦子訳 松井孝典監修 徳間書店」 「第1章 絶滅の歴史 ・・・生物はしばしば絶滅する・・・逆転した地球の磁場・・・ 第2章 1億5000万年続いた恐竜の時代・・・・ 第3章 エデンの冬のはじまり・・・類人猿の時代のはじまり 第4章 森を追われたサル・・ 草原で直立歩行を始めた猿 第5章 氷河が人類を生んだ 第6章 文明を生みだした気候変動・・・・温暖だった暗黒の中世 第7章 シェークスピアの凍ったミルク・・・・黒死病をもたらした悪天候 第8章 恐竜時代は再来するか 地球温暖化と人類・・・」 パラパラとめくった頁を斜に横切った後、目次を斜読みしているのですが、ちょと面白そうです。 120頁「森を追われたサル」の頁を開いて頁をめくっていくと小さな挿し絵がありました。「四四-ニ 森を追われた猿人はヒトへと進化していった」のキャプションがついたエッチング風の挿し絵がある。石がゴロゴロころがった川をはさんで、遠目にゴリラ風猿人(?) それをこちら側の岸から眺めている石の槍をもったちょっと毛が濃いめのヒト(?)の横顔と背。ゴリラ風猿人の背後には煙りを吐いている小さな火山が二つある。好きなタッチの挿し絵です。手前のヒトの表情がいいと思います。敗者であったはずのヒト風ヒトの手には石槍があるのに、遠方のゴリラみたいな類人猿こそ実はこの当時(400万年前から350万年前位)の類人猿の中では勝者であった筈なのに持っているものはただの棒っきれ(骨?)なのです。 ヒトがいわゆる「ホモ」として類人猿の系統から分かれていった当時の風景を象徴したさし絵にチョット感動。だが待てよ、とすると350万年前の風景にしてはヒトがヒトらしすぎるのではないか?という疑問。石槍を持っているということは、ホモハビルスのただ石を砕いただけの「ハンドアックス」の時代からさかのぼってほぼネアンデルタール人の時代、20万年前位の風景ではないのだろうか。ややこしい不確かな時代考証は今は寒いのでやめて、以下ヒト風ヒトがいかに敗者だったかの文があったのでちょっと読んでみました。人類が実は自然の中の進化というドキュメントの敗者であったんではないかという気持ちいい論理展開は、僕の敗北主義的やさしさのツボをうまくくすぐるのです。 「森林が縮小したとき、一部の類人猿は森林にしがみついてより「類人猿らしく」なり、乏しくなる資源をめぐって激化する競争に直面し、むしろ森林での資源探しに熟達してゆくことになった。かれらの子孫がゴリラである。もとは同じ種に属していたべつの類人猿は、手近の疎林で生きるすべを大急ぎで身につけた。相変わらずの林のなかではあるが(ただし密林ではない)、地面におりて食物を探すことも必要になる。このライフスタイルに適応していった類人猿が、チンパンジーに進化した。そしてこの科の三番めの分技、おそらく古いライフスタイルにあまり熟達しておらず、いとこたちとの競争に敗れて平原に追い出された固体の子孫はまったく新しい生き方を発見するか、さもなければ死ぬしかなかった。かれらは直立歩行を身につけ、ほとんど手あたりしだい何でも食べるほかなくなり、家族や集団のなかで食物を分かち合うことの大切さを学んだ。しまいに、かれらは大きな脳を発達させて、人類になったのである。」 縮んで行く森林のなかで、食料戦争に敗れて、しかたなく地に落ちた木の実をたべ、それも他の類人猿(ゴリラやチンパンジー)にとられて食えなくなった劣等類人猿が、直立して歩くことで2本の腕が空き、モノが運べるようになったことによって食料を集団で探し、集団に持ち帰ることで食料獲得の機会が増え生き延びる機会もふえていったと、またこのため、家族や集団の大切さを知り、言葉などの通信手段も発達させていった、というよりそういう類人猿しか生き延びる機会がなかったということなのか。 寒さも限界に近付きました。この本を持って布団にもぐることにします。 地球上のものなら何でも食っちゃう人類の雑食性も生き延びるために人類が獲得せざるを得なかった「得意技」なのかも.......。類人猿の劣等猿であったからこそ生きるために考える力が必要であったこと、道具をつくったのも、逃げるのは他の捕食動物(プレデター)のスピードに対して圧倒的に遅く、力も弱いどうしようもない劣等猿のなせる綱渡り的延命術であったのだなと、分かったようなカラうなずきをしながら布団の中にもぐり込みました。 ちょっと余談ですが、 このような地球誕生や生命誕生、恐竜の時代といった本を読む時、35億年前だとか2億4800万年前の中世代三畳紀だとかがポンポンでてきて、実際の年代の長さや質量感がすっとんでしまって実感できなくなることがあります。そんな時この時代感覚の実感をとりもどす私の方法があります。例えば恐竜の時代は1億6000万年つづいたといわれているのですが、この1億6000万年という時代の長さが実感としてピンとこないのです。そんな時私はこの年の数字を「お金」の数字に替えます。「1億6000万円」というとだいたいこんなもんかと、西暦2000円とくらべるとこんなに違うと納得できる気がしてくるから不思議です。実際1億6000万円あったら2000円の腕時計が80000個買えるんですけど、時代で言うと弥生時代後期末から現代までの時代が80000回くり返せる永さと納得できます。永いこと続きましたねとつくづく思います。人間がやや人間らしくなったのがいろんな説がありますが例えばホモハビリスの時代だとすると、今から250万年前ということになり、2000円が1250回の質量。ホモサピエンスやネアンデルタールがヒトらしくなったのは20万年前といわれていますから2000円が100回の質量です。こう考えると人間の世界はごく最近の話しということが、実感としてわかるような気になります。ちなみに恐竜が絶滅したのは6500万年前だから西暦2000円の21世紀は32500回くり返せる永さなのだと(ムムム....弥生から現代が3万2500回も繰り返すとは一体どういうこと?!、途中に1回ぐらい21世紀のような文明がはさまれていてもいいんじゃない?なんてどこかの超古代文明家みたいなこともいいたくなりますよね。)すこし時代の実質感がもてたかと......これも錯覚かな。それともうひとつ、エレクトスが石槍みたいなもの(道具)を持ちはじめたのが20万年前位でホモハビリスの時代が250万年前だからハビリス時代がハンドアックスを持ちはじめてエレクトスが石槍を持つまで230万年もずっと同じままえんえんと「ハンドアックス時代」がくりかえされていたことになります。ずっと「ハンドアックス」のまんまです。ちょとした石器をつくっただけの暮らしがそのまま230万年もつづくということに比べて、現代の道具の変化は異常ですね。明治以降の変化はこれはたまらんスピードですよね。いったいどこへいくのでしょう、このジェットコースターは。
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| ※初版が1993年の本です。かなり古いからもう本屋さん にはないかもね。それに最近では、3年ひと昔というぐら いで、1993年以降の新しい学説や発見があるはずで、 ここに書いてあることがそのまま正しいのではないだろう ことを割引いて読む必要ありです。(ちょっと偉そうです。 正しい学説か正しくない学説かなんて判断できるほどわた しゃ賢くないし、まして割引いて読むなんて、何を割引く のやら・・・・ねェ〜) でも何年か前の「岡村某?」さんが発掘年代を大幅に偽っ て発表した事件は、困ったもんだね。おかげで、古本愛読 家のわたしは、「高森遺跡」や「上高森遺跡」の50万年 前にさかのぼる日本原人の話はウソだったのか、さらにあ っちこっちで発掘調査された話の何を信じりゃいいの?な んてことになっとります。 ここでそんなことにはめげないで、ふる本探しの楽しさを 紹介しましょう。ある場合には、古本さがして何千里、ゆ うに1年以上にも渡って楽しめちゃうのですよ。試しにこ の本探してください。禁じ手は、出版会社にたずねること。 まあたずねてみて、「もうそんな本はありませんね。絶版 になっとりますし」なんて言われた日には、メラメラと探 す力が湧いてくるのですよ。これでしばらくは目的を持っ た人生が過ごせるというものです。 お楽しみあれ。 |
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| とても感動する挿し絵です。 誰がこんなに一生懸命描いたのでしょうかね。 人間の表情、猿 |
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| 次号につづく・・・ | ||||||||||||||||